みかずきのいえ

 
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ひとりごと 特筆すべき事のない近況

おはようございます、みかずきです。
びっくりするくらい特筆すべき事などない日常なのだけれど、あまりにも何もなさすぎてブログの事を思い出したので現れてみました。

あれやこれやと手をつけているのだけれど、とにかく休日を邪魔され続けていて、大型連休以外の連休がなかなか取れない日々です。
今週こそは体を休めたいと思っていたのだけれど、日曜日に仕事が入ってしまう
土曜日は学校にいってて、日曜日は遠方歯医者が入っていた所、仕事まで入ったから土日はフル活動。
月曜日しか休みがなくなってしまった(`;ω;´)ぶわっ

こういう年齢になってくると、人はもう完全に完成してきているので、人に期待しても変えようとしてもいけないなと心から思っている。
ただ、自分のスタンスは倒しつつも何があっても驚かずにサッパリとしておく事、わからない事はわからない、悩んでいる場合は悩んでいると素直に伝える事にした。

その流れで起きる事には素直に身を任せる事かなと。おきるべくしておきているわけで、抗った所でその場は丸くおさまっても、改善する事のない自分に不利な禍根だけが自分の知らない所で確定されていくだけ、そんな気がしている。

物事って、飲み会とかでうまくコントロールしてる人がいるんですよ。
そういう情勢とか、火のないところに煙を立たせて、その状況に合致する言動が偶然見られた時に、ほらねと裏付けられたりしている所を外から何度もみてきた。

何やっても大丈夫な人は何やっても大丈夫で、
一言ひとつでも何かやると「そういう人」レッテルを貼られて「みんな言ってる」とされてしまう人も今まで見てきた。
私は自分のことだからわからないけれど、うわさに流されず自分の目でみて人を判断して付き合っていくので、私も何かウラの飲み会とやらでいい肴にされてるんだろうなと推測する。

仕事も不思議なものだけど、問題をあぶり出して処理した方が評価されやすいんだのね
一度被害者にならなければならない。
いやだよねぇ、起こるとわかっている事を、そらみろっていうのら私の性格には合わないんだ。救ってあげたいじゃない、問題の人も、部署も、会社も。でもそれは評価されない。
それは多分、もっと偉い人が判断する仕事なのだろう。
それがわかって手を出さないように知らないようにしたら、周囲の評価もあがる。会社ってのが合わないんだろうな私には。
ある意味マッチポンプだ。事前にわかっている分かりきってる問題を炙り出すのだからね。


仕事自体はたのしいし、こんなふうに楽しいと思える仕事はなかなかないだろうなって思うからやめないし、必要とされる限りは今の所続けようと思うけれど、
ワカラナイ茶番を続けるのが時々とんでもなく苦痛に感じられる。まぁ、どこにいってもそれはあるよね。
いやだね、組織の一員って。



会社でしごできの人と話していて、少し突っ込んだ内容を話した時に思ったんだけど、やはり物事に流れを大事にしていて、そこにある感情みたいなものは除外されているんだよね。

例えばだけれど、
Aさんが制作したものってAさんの許可なくすてるべきではないと私はおもうのだけれど、評価されている人って、そこにあるべきものでないものがあれば、捨てるんだよね。
確認をせずに捨てるのはどうかとこちらは思うんだけれど、報告がなかった事がおかしい、そのシステムもおかしい、都度確認せねばならないシステムがおかしい、となり、捨てた人はそのシステムも構築してしまう。つまりルールを簡単に作ってしまう。
そしてそれを報告してって積み重ねで評価されるんだ

評価される人ってこういう所なんだよね。

これは例え話なんだけれど、この裏で、制作物捨てられた人がいて、その人がどう思うかはさておき、私はその作った人に対して心を痛めるモブ。

個人的には、なんでもかんでもそこらへんにあるわけではないから、一言確認すればそれでよかったんじゃない?
って思っちゃう方。

でも世の中はたぶん、その確認さえもできない人がとても多い。できない人に合わせる必要がある。
確認さえもしない人が強引に作ったみんな幸せになれるルールづくりが敷かれる。

最悪パターンは、そのルール管理をわたしのようなカワウソの如き無力なモブにおしつけられる。

こんな、仕事の「し」の字にさえならないようなものばかりが、おどろくほど日常のまともな仕事を横から圧迫してくるんだよ、笑っちゃうけど。

笑っちゃうよね、例えばと言ったけど半分実話です苦笑



こういう時に、大人数で働く世界や組織は私には合わないんだなぁと思う。
地方にいた頃には重宝されたものだけど、東京にきて最初の洗礼をあびたのが、

あなたがそれやると私たちもやらないといけなくなるからやめて。
あなたのやり方は周囲をダメにする

なるほどと当時から思ってる。
衝撃的な30代の幕開けだった
20代のがむしゃらやひたむきさは全て組織ではマイナス要因なんだなーと、ブレーキをかけ続ける30代だった

そんなこんなで長年バカのふりして周囲を立てて燻っていた時、ネットでの友達やハカセと出会えて、組織に属さない人たちの才能や思慮深さや人本来の倫理観に触れて、閉鎖してた私の心の扉を少しずつ開いてきた
出向した時は、他の世界での勢いや仕事に対する食い入るような姿勢に圧倒された。
あ…私の20代の頃みたいだ、あの延長はやっぱり社会にあったんだ!と思った。

やっていいんだよ
存分に力出そうよ
考えようよ
そして遊び心大事

もう若くはないから、体力がそもそもないんだけど、体力が残っている限り仕事でない所で脳みそフル回転してる。

これを10年前にやりたかった。
とにかく体力がないから、せめて体を休めたいのだけれど、年齢とともに誘われる事も多い。
得難いものもあるから無下にもできない

私たちの年齢は上からもぞんさいに粗末に扱われてきたけれど、もうしばらくすると今度は昭和の生き残りとして下からのヘイトをすべて引き受ける事になるだろう

力が落ちてからの下からの攻撃にも耐えられるよう、せめて脳の力はお金以上に蓄えておかなければならないと思う。
今の生活も人も組織も、長くは続かない
いつまでも同じ生活は続かないのが世の常だからね
ただ、私らの世代はこれまでの老人が振り撒いてきたヘイトを一気に向けられる可能性が大だから、現実ではなく心の面で準備をしておかなければならない。

お金だって紙屑になる日も遠くないだろうしね
そもそも現金が流通していないのだから、信用とシステムだけで成り立ってる。こんなの崩壊に片足突っ込んでるでしょう。
銀行なんてもはや斜陽産業の仲間入り筆頭なのだから。

いかなる状況でも、どこでも通用する引き出しとメンタルを。

そしてどこであっても楽しめる柔軟さを。